大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)942号 判決 1972年11月16日

上告人

相沢シカ

右訴訟代理人

杉田朝之進

被上告人

岩田清市

被上告人

錦織信輝

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人杉山朝之進の上告理由第一点について。

記録に徴するに、所論指摘の点に関する原判決の事実摘示は、上告人の主張の趣旨に反するものではなく、適切と認められる。そして、原判決の説示によれば、被上告人岩田清市が無免許で自動車運送事業を経営している旨および同人所有の自動車が公道(歩道)にはみ出して公衆の通行を妨害している旨の上告人の主張については、原審は、これらの事実を綜合しても、本件土地賃貸借契約の解除原因にならないと判断していることが明らかであり、また、被上告人岩田による本件土地の用方違反の点は、独立の解除原因の主張と認められるから、原審がこれにつき別個に判断しているのは、相当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二点について。

賃貸借の当事者の一方に、その義務に違反し、信頼関係を裏切つて賃貸借関係の継続を著るしく困難ならしめるような行為があつた場合には、相手方は催告を要せず賃貸借契約を解除することができるが(最高裁昭和二九年(オ)第六四二号同三一年六月二六日第三小法廷判決・民集一〇巻六号七三〇頁)、ここにいわゆる義務違反には、必ずしも賃貸借契約(特約を含む。)の要素をなす義務の不履行のみに限らず、賃貸借契約に基づいて信義則上当事者に要求される義務に反する行為も含まれるものと解すべきである。

原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)の確定するところによれば、被上告人岩田は、本件借地一九四平方メートルのうち公道に面する99.28平方メートルの空地部分を利用してトラック置場とし、無免許で自動車運送事業を営んでいるうえ、そのトラック三台のうち二台は右置場に完全に格納できず、荷台後部約一メートルが公道(歩道)にはみ出しているというのであり、そして上告人は、被上告人岩田の右行為は本件賃貸借の使用目的に違反するとともに、右無免許営業は道路運送法四条一項に違反し、また、トラックのはみ出しは公衆の通行を妨害し、これに危険をも与えているので、かかる被上告人岩田の行為は土地賃貸借契約上の信義則に反し、本件賃貸借契約解除の原因となると主張している。しかしながら、右事実その他原審認定の事情のもとにおいては、被上告人岩田が右行為につき行政上の取締や処罰(道路運送法一二八条)を受けたり社会的に非難されることがあるとしても、それがただちに賃貸人である上告人において法律的、社会的な責任を負うべき事由となるものでないことはいうまでもなく、しかも、なんらかの理由でこれにつき上告人に責任が及び、同人が損害や迷惑を被るような特段の事情は、原審の認定しないところである(とくに原審は、被上告人岩田の行為につき歩行者や近隣から苦情が出たことはないと認定している。)。そして、以上の行為が本件賃貸借の使用目的に違反しないとした原審の判断は、首肯することができる。それゆえ、被上告人岩田が上告人に対し、本件土地賃貸借契約上の典型的義務はもとより、信義則上の義務に反する行為をしたとは認められず、上告人の前記主張を排斥した原審の判断は、結局正当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(大隅健一郎 岩田誠 藤林益三 下田武三 岸盛一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例